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2006年 08月 15日
野球がこれほどまでに残酷なスポーツだと思い知らされた瞬間だった
一時は駒大苫小牧相手に6点のリードを奪っていた青森山田 がついに耐え切れなくなったのは、かろうじてまだ9-8とわずか1点のリードで迎えた9回裏だった まさかの同点ホームラン 落胆している表情を微塵も見せずに次のバッターに立ち向かうピッチャー 味方のファインプレーに助けられ、アウトを奪う しかし次のバッターには初球をセンターに打ち返され、サヨナラのランナーを出してしまう そして左中間を破るサヨナラヒットを浴びる クロスプレーの判定は微妙だった 切なる願いもむなしく 一瞬の間を置き、球審が両手を力強く水平に広げた この瞬間、青森山田は散ったのだった ピッチャーは声にならない声をあげながら泣いている 空襲警報のようなけたたましいサイレンが甲子園球場に響き渡る 泣いている選手も喜んでいる選手も一斉に、ホームベースへ駆け寄る 健闘の握手をし、勝者・駒大苫小牧の校歌が歌われるまで時間にしてたった1分 悔しくて、悔しくて、今にも泣き崩れそうな足で懸命に走る選手に、いつも心を打たれる 実に潔い、甲子園で好きなワンシーンだ あのとき、あと10球投げ込んでいれば… あのとき、あと10分走りこんでいれば… あのとき、あと10球ノックを受けていれば… 負けた『差』は決してそんなもので埋められるわけではないが、何とか自分自身を納得させるために、必死に答えを見出そうとする ピッチャーはサヨナラの全責任を自分1人で背負い込んでしまうだろう おれが打たれなければ、勝てた おれが打たれたから、負けた おそらく今はそうとしか考えられないはずだ そんなただならぬ重圧を1人背負い、ピッチャーは1球1球勝負をしていることに今日、初めて気が付いた 残酷だと思った 負けたら終わり、高校3年最後の夏 午前11時を待たずして、敗者は甲子園を去った 2006年 06月 17日
試合終了。
そして『3-1』というスコア。 少なくとも8分前までは誰も予想していなかったものだ。 呆然、唖然…そのような言葉が私を支配していた。 この試合、日本がもっとも注意しなければならなかったのはビドゥカではなく、彼の後方から走りこんでくる中盤の選手だった。 放り込んで、つぶれて、二列目から走りこんできてシュート。 日本のDFラインはビドゥカを警戒するあまり、セカンドボールに対する反応が遅れていた。 25分に中村のラッキーゴールという以外ない先制ゴールを挙げた日本は、最後まで緩慢な姿勢で試合を運んだ。 まるでグループ突破がほぼ有力視されている強豪国のよう振舞った。 W杯の初戦、苦労してもぎ取ったわけでもない先制点を守りきって勝とうなど甘い考えだった。 しかし信じてしまった。 あのまま1-0で日本が勝つことを。 3度目のW杯の初戦があっけなく勝利という形で終わることを。 各国の初戦を通して日本の戦いぶりはもっとも迫力に欠けた消極的なものだった。 点を取って勝つというどこの国でも持つべき、絶対的な目的が感じ取れないのだ。 『強い気持ち』は川口以外からは最後まで感じなかった。 FW陣はこの4年間、いったい海外で何を学んできたのか。 ペナルティエリアから逃げることか? シュートを打たずにパスすることか? チャンスに対して明らかに臆病になっていた。 そんな攻撃陣をオーストラリアの大男たちが恐れるはずもない。 もっとも1対1で仕掛けてくる、すばしっこい日本人に恐れを抱いていたはずだ。 オーストラリアは虎視眈々とボールを回し、攻めの準備のためにゲームを支配していた。 一方の日本はボール回しに迷いが感じられ、何のためにパスをつないでいるのかわからなかった。 後半、暑さと疲労によりカウンターの応酬となる。 日本はロングボールを放り込まれたとき、前半まではペナルティエリアの前でラインを作り、ブロックしていた。 しかし、後半10分には完全にエリア内に押し込まれていた。 これではブロックしてもなお、シュートレンジ、危機は去らない。 序盤から日本は悪循環を自分たちで作っていた。 カウンターサッカーとなったことで、FW2人と中村以外は自陣に引くことになる。 低い位置でボールを奪い、疲労しきった前線に当てても、簡単にボールを失う。 そうするとDFラインは押し上げられず、全体がダラダラと間延びすることとなる。 簡単に言うと、蹴って、走って、取られて、追いかけてという4種類の動きを繰り返していただけであった。 そんなことを4年間、練習してきたわけではない。 暑さによる運動量低下は2つの決定的な要素を生んだ。 ①パス&ゴーに付いていけない ②クリアした後の押し上げが恐ろしいほどに遅い 後半20分過ぎから両チームは明らかにバテ始め、全体的に間延びし、中盤にスペースができるというゲームに質が下がった。 私はここでまったく動けずに日本のお荷物となった中村に変えて小笠原を投入してもらいたかった。 28分、ついに日本のDFラインはマイボールで歩き出し、2トップは孤立無援となる。 30分までにヒディングはケネディ、ケーヒル、アロイージの攻撃的な3人を送り込む。 意図は明確。 点を取ること。 一方の日本はどうだろうか。 1点を守りきるのか。 追加点を取りに行くのか。 わからない。 31分、日本の前線3人はもう何もできない。 32分、やっとの交代は柳沢に変えて小野。 1トップにして守るのか。 いや、中田がポジションを上げた。 とにかく私は中盤の運動量を増やし、強いプレスをかけて欲しかった。 それには小野は不適、稲本の方がふさわしい。 38分、直前までのビッグセーブ連発で得た自信が悪い方に傾いてしまった。 ロングスローに対し、川口が不用意な飛び出しにより、失点。 しかしまだ1-1の同点。 2点目を取りに行くのであれば、ここで中村→玉田/大黒でも遅くない。 しかしジーコは動かない。 その後もボールは奪われる一方である。 42分、福西がフリーで放ったシュートはゴール右に外れる。 ここが勝負の分かれ目だった。 直後のケーヒルは同じようなミドルシュートをフリーで鮮やかに決めたのだ。 なぜケーヒルがフリーでシュートを打てたのか。 福西がマークを怠り、ケーヒルにボールが渡るのをもっとも近くで眺めていたからである。 45分、大黒投入。 時すでに遅し。 パスの出し手が疲労し切っており、効果的なパスが出てこない。 そのような状況で活きるのは大黒ではなく、玉田のはずだ。 オーストラリアは2-1のスコアに満足することなく、攻めてきた。 日本の息の根を止めるのは今だと言わんばかりの猛攻だ。 日本はこの貪欲さから学ぶべき点は多くあっただろうに、この経験を2戦目も活かすことはなかった。 駒野の幼稚なDFと宮本の不可解なポジショニングで3点目を失う。 日本が築き上げてきたものが、何も発揮できなかった試合だった。 2006年 05月 18日
![]() ![]() 22分 イエローカードを受けて熱くなっている22歳のエブエに対し、『冷静になれ』と落ち着き、諭すようなキャプテン・アンリの振る舞いに、かつてアーセナルの心臓だったヴィエラが重なった。 その瞬間、私はアンリが別のチームに移ることは考えられないと直感ながら感じた。 加えてFINALの結果により、それが確信に変わった。 ----------------------------- 序盤、大方の予想に反してアーセナルが攻勢に出る。 2分 エブエ→アンリ エブエの右からのクロスに素早く反応したアンリは、マーカーであるマルケスより一瞬早く前に出て、バルテスと1対1の局面を作り出す。 アンリのシュートはバルテスがファインセーブ。 コーナーキックに変わる。 3分 CKからアンリの強烈なミドルシュート 左CKを蹴ったアンリの元に再びボールがこぼれる。 PA左角から間合いを計り、デコを一瞬でかわし、右足を振り抜く。 強烈なキックはニアサイドに向けて一直線に飛んでいったが、 これもバルテスがセーブ。 守備的なイメージのアーセナルがいつになく攻撃的なスタートを切り、 この後の戦いに大きな期待を抱かせた。 一方のバルセロナは意識的にエトーが左、ロニーが中央でスタート。 普段の小気味よいパス回しというよりは、デコ、マルケス、エジミウソンから両ウイングへとつながる高精度ロングフィードを多用していた。 難しいロングフィードをジュリとエトーはいとも簡単にコントロールして、マイボールにする。 18分 最大のハイライト・レーマン退場 事の発端は何なのか。 巻き戻してみると実にやりきれない。 センターラインでジウベルトからフレブへの何でもないパスが、不用意に浮いたものになった。 フレブがコントロールに戸惑っているところをエトーに奪われ、惨事に至った。 その後、アーセナルは2つのミスを犯す。 ①走りこんだエトーがなぜノーマークだったのか。 →エブエがマークを放棄し、不確実なオフサイドに頼った。 ②レーマンはなぜ手を引っ込ませなかったのか。 →エトーの突破を許し、先制点を献上しても残り72分で巻き返すことはまったく不可能ではない。それにバルセロナ相手の試合で先制されるというシナリオは、誰の頭の中にも描かれていたはずである。もちろんベンゲルも例外ではなかったはずだ。 「0-1から巻き返す」 これはチャンピオンズ・リーグFINALで十分に考えられる展開である。 それなのになぜレーマンはエトーの足を払いにいったのか。 GKとしては名誉ある無失点記録が、この男の背中に重くのしかかり、冷静な判断を誤った方向に導いたのだろうか。 ともかくこの惨事によりアーセナルは攻守2つのキーマンを同時に失うこととなった。 守はレーマン、攻はピレスである。 ピレスは無念極まりない。 地元のスタッド・ドゥ・フランスでのFINALをアンリと共に、この上なく楽しみにしていたに違いない。 パーフェクトなセットプレー・アーセナル先制 絵に描いたようなゴールだった。 36分 エブエがスピードに乗ったドリブルでプジョルの股を抜く。 明らかにプジョルはエブエに触れていなかったが狡猾な若者は倒れ、FKを得る。 キッカーはアンリ。 正確に蹴られたボールはピタリとキャンベルの頭に合う。(マークはオレゲル) 再三、好セーブのバルテスも今回ばかりはノーチャンス。 一歩も動けず、ゴールに吸い込まれるボールを見送るだけだった。 まるでフットサル 46分 エトーの振り向きざまのシュートは惜しくもポストを叩く。 ロニーの縦パスを受けたエトーは背中に大きなDFを背負ったが、うまく入れ替わりシュート。 警戒するあまり、エトーに密着しすぎたキャンベルが肝を冷やした場面だった。 イニエスタ投入 アーセナルのDFはペナルティエリアで壁を作っていた。 そこに向かって、中盤からイニエスタが行うドリブルは効果的だった。 アンリ・アンリ・アンリ アーセナルの前線にはたった1人、この男がいるだけだった。 19分 左サイド浅くでボールを受けたアンリはプジョル、マルケスを立て続けにいとも簡単に抜き去る。 24分 アンリなら決めるという1対1のビッグチャンスを迎えるが、またもやバルテスがビッグセーブ。 10人のアーセナルにこの時間で2点目が決まっていれば…と考える場面だった。 5分で逆転 30分 エトー→ラーション→エトー 前半に続き、またもエブエがエトーのマークを外した。 オフサイドぎりぎりのタイミングで飛び出した、トップスピードのエトーに通したラーションの「触るか、触らないか」という極めて神経質なパスはまさに職人技。 それを受けたエトーは難なく決め、同点。 左足でのワンタッチでGKアルムニアの左足に体重を乗らせ、すかさず右足で逆側の狭いニアサイドに蹴り込むあたりは、ストライカー・エトーの計算されつくしたシュートだった。 ゴールエリア内であれだけ冷静なのは脅威だ。 アーセナルにとってはチャンピオンズ・リーグ11試合ぶりの失点だそうだ。 34分 ベレッチ→ラーション→ベレッチ またもラーション経由のゴール。 走りこむベレッチのマークをリュンベリが外した(もしくは中にDFは十分に揃っていたが、シュートブロックに行くのが遅かったフレブ) ベレッチの思い切りのいいシュートがアルムニア足に当たり、股間を抜けゴール。 たった5分の逆転劇は実にあっけないものでありながら、精密なものだった。 ------------------------------- もう一度言っておこう。 『アンリはアーセナルに残る』と。 2006年 03月 01日
カメルーン人のエトーは終了のホイッスルと同時にピースサインを作った。 平和の証:PEACE SIGNで訴えた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2月25日(土)エスタディオ・ラ・ロマレダで行われたサラゴサ-バルセロナ。 サラゴサはコパ・デル・レイに続きバルセロナを沈めようかという勢いだった。 前線からの徹底したプレッシングで自慢の攻撃陣に自由な動きをさせない。 時折見せる素早いカウンターはゴールの匂いさえ感じさせた。 0-0で折り返し、バルサは後半30分にコーナーキックを得る。 首位を快走するチームに対し、サラゴサのゴール裏からは ラジカセの音量を最大にひねったブーイングが浴びせられた。 そのときだった。 何やらエトーが「もう、やめだ」というようなジェスチャーを険しい表情で繰り返し、 ピッチを去ろうとしている。 主審の制止も振り払い、仲間が彼の元へ諭すように集まってくる。 放送局は何が起きたかを瞬時に察知し、ゴール裏サポーターにカメラを向けた。 サラゴサのサポーターが笑いながら罵声を浴びせ続けている。 「そういうことか」 私はとても悲しくなった。 サポーターが何と叫んだのかはわからない。 しかし何を意図したものかはハッキリと理解できた。 人種差別的発言 エトーはライカールトとテン・カーテ(主にテン・カーテの言葉だったように推測する)の 説得により、ゲームに復帰した。 その後もエトーに対するブーイングは止むどころか勢いを増し、 エトーがボールに触るたび容赦ない罵声がスタジアムを支配した。 5分後にはエトー自身がアシストを決める。 「何て強い男なんだ」 それ以上の言葉は出てこなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どうして人種を気にしてプレーしなければならないのか。 エトーたち黒人はそうでない人よりも1つ多くのものと戦わなければならない。 その1つとはサッカーにとっても世界にとっても、平和を妨げるもっとも大きな原因の1つだ。 素晴らしいゲームを深く切り裂いた傷は、おそらく治癒することなく再発するだろう。 みんなの頭の片隅に追いやられたときにまた痛み出す。 今までもそうだったように。 私に強い決意が湧き出てきた。 『サッカーを通じて世界を平和にしたい』 心からそう願う。 2006年 02月 25日
Jリーグ06-07シーズン、レッズはあと何通りもの顔を見せることができる。
はたしてガンバはどうだろうか? そんなことを考えた試合後だった。 一番印象に残ったプレーは 長谷部→ポンテ→長谷部→小野→長谷部→小野 3秒間でこのパス交換!! 「オォォーーー」っと観客がどよめくようなプレーを見せてくれた。 レッズサポーターの迫力も気持ちがいい。 スペインでは全試合がレッズ-レッズのような雰囲気で行われる。 だから自然と観客全体を巻き込んで熱くなり、スタジアム全体が熱くなり、 選手も熱いプレーを見せてくれる。 熱の循環が行われているのではないかと考えるのだが、 日本はまだまだそうではない。 それが日本! いや、日本も変わろう! 難しい方向性の選択だ。 2006年 02月 24日
高校サッカーの聖地・大宮公園サッカー場が改修される。
大まかに言えば両ゴール裏の立見席の後方に座席が新たに設置される。 「自分が試合に出るまで芝は絶対に踏まない。」 そう決意したのはよかったが、とうとう一度も踏まずに引退してしまった高校時代。 あのピッチで戦う先輩を必死で応援していた1年生のときからの目標だったのに… 僕が初めて大宮サッカー場で観戦したのは1995年だから11歳のとき。 なんとレッズ-フラメンゴ! 今考えるとどうしてそんな試合に連れていってもらえたか不思議だ。 当時はあのロマーリオが所属していたフラメンゴ。 94年のアメリカW杯で見たブラジル代表のロマーリオが目の前にいる。 頭にはなぜかバンダナを巻いてプレーしていた。 わけわかんね… 2006年 02月 24日
勝っても負けても…いや、負けたほうがおもしろいコメントを聞かせてくれる。
今回も彼はそうだった。 怒りの矛先は18歳のアルゼンチン人、メッシに向けられた。 「カタルーニャ地方の素晴らしい文化には感心させられる。 いい劇場がたくさんあって、僕もバルセロナにいたころには芝居をよく観にいったものだよ。 あの子供(メッシ)もその文化をよく学んでいるようだ。 サッカーの素質以上に、いいものを持っているよ。 あれはレッドカードなんかじゃない」」 ※読売新聞より引用 この記事を読んだときには思わず吹き出してしまった。 だってメッシを子供呼ばわり! 外国人は遠まわしに何かに例えた、比喩のような『皮肉』がとてもうまい。 「メッシは汚い」と、直接的に言うのではなく、 バルセロナの芸術文化を交えた比喩で皮肉る。 何ともモウリーニョらしい。 欧州ではシミュレーション気味に倒れた相手に対して、試合後に 「あいつにはアカデミー賞をあげたいね」なんて言った選手もいたと記憶している。 外国人にはユーモアが備わっている。 初対面の相手に対しても「笑い」を取ろうとする意欲は見習うべきところだ。 話がそれたがそれに近いコメントをしたのが小笠原だった。 フィンランド戦の超ロングシュートについて記者が 「狙ったの?」と質問したところ、 「ミスキックです」と一蹴。 日本人選手にはもっとユーモアあるコメントで試合後も楽しませて欲しい。 カズが入団会見で毎回行う古典的なギャグのように。 # by copa006 | 2006-02-24 21:02
2006年 02月 21日
後半21分。歓声と拍手がひと際大きくなり、あの男が3ヶ月ぶりに戻ってきた。
レアルの象徴、ラウル! ピッチに入るとき、微笑みを浮かべた表情が印象深かった。 それにしも2006年になって、レアルは見違えた。 いや、見違えるというよりは、以前に私たちがレアルに対して抱いていた感覚が戻ってきただけに過ぎない。 ニュースをチェックしなくとも当然に勝っていた「銀河系」時代のように。 立役者は新加入のロビーニョでも、バチスタでも、シシーニョでもない。 12月5日に解任されたルシェンブルゴの後釜、『つなぎ』のロペス・カロだ。 2006年に入り、これまで6勝1分け無敗という安定した戦いぶりを見せている。(リーグ戦) 1トップに両ウイングを置く変則3トップは成果を収めている。 中盤では激しいチェイシングがルールとなり、それまでの怠慢ぶりはすっかり消えた。 選手を1つのポジションに固定させないことで選手層も大充実だ。 シシーニョはサルガドの代わりもベッカムの代わりも果たす。 ジダンをセンターに戻し、ロビーニョを左ウイングにすることで攻撃にアクセントが加わる。 DFラインの組み合わせも何通りも用意することができる。 好調なこの時期にラウルの復活。 アーセナル戦が楽しみでならない。 チャンピオンズリーグ優勝…もあるかもね 2006年 02月 18日
小野に代えて長谷部…
小野に代えて長谷部… この願いは最後までジーコに届かなかった。 コーナー付近まで運んだボールを簡単にDFラインまで戻してしまう日本の癖。 神経質すぎるほど深く保たれたDFライン。 選手同士の距離は遠く、パススピードも緩い。 試合は90分を通して「ゆる~い」印象だった。 チェンジ・オブ・ペースは最後まで見られず(加地のスローイン→小笠原→久保のゴールを除くと)、確実性のある道を選び、パスをつないだ。 まるでドリブルを禁じられた小学生のように。 終盤明らかに手詰まりだったMFに長谷部を投入し、彼の持つダイナミズム(長い距離のドリブル突破)が有効だっただろう。 久保はゴールこそ挙げたが、トップフォームにはほど遠い。 小野も終盤は消えていた。 消化不良の試合だった。 2006年 01月 21日
左から右へピッチを横断するダイナミックなサイドチェンジが通った瞬間、
「何かが起こる」と直感した。 パスを受けた乾はドリブルで中央に進入してから野洲の"十八番"ヒールパス。 それを信じていた平原が右サイドを駆け上がる中川にダイレクトでスルーパスを送り、 中川は中央に絶妙のクロス。これに瀧川が突っ込み、試合を決めるゴールをあげた。 国立が沸いたカウンターアタックに要した人数は5人。 チェンジサイドの瞬間に各々が連動して鹿実を襲った。 これまでの対戦相手とはレベルの違う鹿実相手に、 野洲のスタイルが発揮できるかが見所だった。 ・ロングボールの多用 ・中盤でボールを失う この2点に野洲は悩まされるのではないかと。 立ち上がり5分までに野洲の戦い方に若干の変化が見受けられた。 2~3本のショートパスをつないだら、フィードというようなオートマティズムな姿勢だ。 この日は決勝。 18年間の人生で最高の大舞台に慣れるまでの間、序盤のそれもいたしかたない。 野洲のDFラインでの落ち着いたパス交換が見られたのは10分になったところだった。 初めて上から全体を見て、驚かされたのは⑩平原のオフ・ザ・ボールにおける動きの質と量だ。 どこにでも顔を出す彼は絶えず走り回っている。 華奢な体格の彼はどこへでも走り回っているというよりは、要所を見極めてひょこひょこと顔を出しているという方が幾分感じが出やすい。 間違いなく野洲に欠かせない選手だった。
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